第24歩:我々が「墨者(主権者)」となる日 ―― 国家と組織を駆動させる指矩
古代から国家OSの変遷を辿ってきたこのシリーズも、一つの結論を出したい。足りないのは完璧な法律でも、カリスマ的な指導者でもない。圧倒的に足りないのは、システムを運用する「主権者たる我々自身」の覚悟である。
1. 傍観者からの脱却 政治や会社のルールに文句を言うのは、システムに管理される側の思考だ。私たちは歴史の傍観者ではなく、日々指矩を握り、現場を動かしている「システムの運用者(主体)」である。平和も利益も、自らが強靭な右拳を鍛え上げ、エゴを削ぎ落とし、お天道様の監査の下でシステムを回し続ける日々の実践によってのみ成立する。
2. 現代の墨者として立つ 覇権を握るために他者を蹴落とすマネジメントは行わない。自分の持ち場を技術で守り抜き、関わる人々に利益を循環させるネットワークを構築する。誰も見ていない孤独な現場であっても、一日の終わりに天を仰ぎ、自分の引いた線が真っ直ぐであったかを問う。システムに文句を言うな、システムを使いこなせ。自らが主権者として立ち上がり、この狂った世界に直角を刻み込め。祭壇に置かれた指矩は、今、あなたの手の中にある。
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